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§歴史の中の肥料[5]
尿素が窒素肥料の王座を占めるまで
京都大学名誉教授
高橋 英一
§栃木県内水田土壌中の可給態りん酸及びけい酸の現状と水稲の超一発肥料・プレミアの普及拡大
-品質-食味の良い米をつくるために-
全農栃木県本部 生産資材部
技術参与 小川 昭夫
§肥効調節型肥料を利用したトマト育苗鉢内全量施肥法
静岡県農業試験場 土壌肥料部
主任研究員 小杉 徹
京都大学名誉教授
高橋 英一
現在世界の窒素肥料生産高は年間8000万トン(窒素換算)を越えていますが,その半分をを尿素が占めています(表1)。しかし尿素が肥料として用いられるようになったのは戦後のことで,その先鞭をつけたのはわが国でした。ここでは尿素が窒素肥料の王座を獲得するに至った経緯を振り返り,その意義について考えたいと思います。

尿素は哺乳類のタンパク代謝産物で,尿の成分の半分以上を占め(表2),哺乳類を特徴づける窒素の排池形態です(同じ脊椎動物の爬虫類と鳥類では尿酸になっています)。

尿素の発見は,1773年にH.M. Rouelleが蒸発乾涸した尿をアルコール抽出して得たのに始まります。それは窒素を含んだ物質で,バクテリアの作用で炭酸アンモニアを生じました。ついでAntoine F. FourcroyとLouis N. Vauquelin(1798)は尿を硝酸処理して硝酸尿素を得,1821年にJoseph L. Proustがはじめて尿から純粋な尿素を単離しました。
1824年Friedrich Wöhlerは,シアン(HCN)とアンモニア溶液(NH4OH)の反応で結晶性の白い物質が生じるのを確認しましたが,それはシアン酸アンモニウム(NH4OCN)ではありませんでした。1828年,同じ物質がアンモニア(NH3)とシアン酸(HOCN)との反応からも得られました。いろいろな試験をしましたが,それはアンモニウム塩でもなければシアン酸塩でもありませんでした。
それで彼は有機物質が生じたのではないかと考えました。その物質と硝酸との反応は,尿素と硝酸の反応と同じでした。そこで尿から純粋の尿素を分離して比較したところ,この結晶性の物質は尿素と全く同一の物質であるという,予想外の結論に達しました。
当時有機物質は生命体の営みによってつくられるもので,無機物質から生物の力を借りずにつくることはできないというのが化学者の通念でした。これは「生気論」とよばれるものですが,動物の代謝産物である典型的な有機物の尿素を,無機物質から人工的に合成したことは,この生気論をくつがえすものでした。
尿素(NH2CONH2) とシアン酸アンモニウム(NH4OCN)は互いに可変であり,尿素とシアン酸アンモニウムの生成量は反応条件に依存します。この二つは元素組成はH4N2COで同じですが,性質は全く異なっています。このような例は少し前にWöhlerとLiebigによって発見されていました。
1824年Liebigは爆発’性の雷酸銀を分析して,その組成をAgCNOとして発表しました。一方これとは別に安定なシアン酸銀を研究していたWöhlerが発表した組成は全くそれと一致しました。LiebigはWöhlerが間違っていると主張しましたが,翌1825年両者は互いに相手も正しいことを認めました。この二つの例は,組成は同じでも原子の配列様式の遠い(シアン酸はHOCN,雷酸はHONC)によって性質の異なる化合物が存在すること,すなわち異性(isomerism)という現象の発見の端緒になりました。
現在尿素の工業生産に用いられているアンモニアと炭酸ガスから合成する方法(直接合成法)は,アンモニアと炭酸ガスを高温高圧(約150℃,170気圧)で処理してカルバミン酸アンモニウム(NH4COONH2)とし,これを脱水して尿素にするものです。この方法は原理的には1868年に知られていましたが,その工業化に最初に成功したのはドイツのIG社で1922年のことでした。その後1932年にアメリカのDu Pont社が,また1935年にイギリスのICI社が,そして1937年にはわが国の合成工業(翌年東洋高圧と合併)が山口県の彦島で製造を開始しました。
尿素はアルコール,アルデヒド,ケトン類のほかいろいろな有機化合物と反応しますが,特に重要なのはホルムアルデヒドとメチロール尿素をつくる反応と,マロン酸とマロニル尿素をつくる反応です。メチロール尿素は触媒の存在下で加熱すると重合して不溶性の硬い樹脂になります。この尿素樹脂はベニヤ板や合板の接着剤のほか多くの用途があります。マロニル尿素(バルビツール酸)は睡眠剤,鎮痛剤用に沢山の誘導体がいろいろな商品名で売り出されました。
また尿素は反芻動物のタンパク源になることが知られていましたが,ヨーロッパでは肥料に先だって1936年には1万トンもの尿素が飼料用に利用され,アメリカも第二次大戦中飼料用の豆類の不足を補うため,尿素を飼料に混ぜて家畜に与えていました*1。このように工業生産された尿素は,初めの間は肥料以外の用途に使われていました。
工業生産された尿素の肥料としての利用が遅れたのは,当時は肥料用には価格が高すぎたことの他に,肥料としての適性に疑問があったからです。
ヨーロッパでは尿素は遅効性肥料と考えられていました。畑作主体のヨーロッパでは硝酸態窒素が好まれますが,土壌に施用された尿素は微生物によってアンモニアに加水分解され,ついで亜硝酸を経て硝酸に酸化されて畑作物に利用されます。この反応は温暖で湿潤な土壌では迅速に進みますが,冷涼寡雨な気候の下では(とくに施肥が行われる春先の北ヨーロッパ)非常に遅いという問題がありました。
またヨーロッパには肥料を種子と一緒にまくところが多く,このような場合尿素が障害を引き起こすことがありました。それは尿素から発生するアンモニアや尿素に含まれていたビウレットが原因でした。さらにヨーロッパでは窒素肥料を穀物畑や草地の地表面に施肥していましたが,尿素を土壌表面に施肥するとアンモニアの揮散(窒素の損失)が起こり,肥効が劣るという問題もありました。
このようにそれまで使われていた硫安や硝安などの窒素肥料にくらべて,当時の尿素にはいろいろな欠点がありました。この尿素を積極的に肥料として使用しようとしたのは敗戦後の日本でしたが,それにはつぎのような事情がありました。
1939年(昭和14年)東洋高圧は,硫安増産の国家的要請にもとづいて北海道の石炭産地の砂川に工場を建設することになりました。最初の計画は硫安年産100万トンという,当時の日本全体の硫安生産量に匹敵する壮大なものでした。
しかし戦争の激化にともない規模は50万トンから25万トン,さらに17万5000トンへと縮小してゆき,それでもなお資材不足から工場の完成をみないまま終戦を迎えました。そして翌1946年(昭和21年)4月になってようやく年産7万5000トンの工場ができた矢先,硫酸設備二系列のうち一系列がGHQによって賠償に指定されました。
アンモニア工業のような装置産業にとって,設備の半分を動かせないことは致命的な打撃でしたが,アンモニア生産をあくまで続行することになりました。しかし硫安にすることが出来ないならば,ほかにアンモニアの処理対策をたてねばなりません。そこで取り上げられたのが尿素で,東洋高圧は彦島で手がけた尿素製造の経験を生かそうとしました。
それはつぎのような発想によるものでした。硫酸を必要とするのはアンモニアを固定するためですが,固定するだけなら炭酸ガスでもよいわけです。しかもこの炭酸ガスはアンモニアの製造工程で多量に発生し,多くは廃棄しているものでした。また炭酸ガスでアンモニアを固定した尿素は酸性を呈しませんが,硫安は長く使用していると硫酸根のために土壌が酸性になり,秋落ちの原因にもなります。しかも当時工業用硫酸の需要は非常に逼迫しており,硫酸を使用しない肥料の生産は時宜にかなったものでした。
しかし窒素肥料としては尿素は非常に割高であるという問題がありました*2。当時の工業用尿素の市場価格は窒素当たりで比較しても硫安の三倍近く,価格を大幅に引き下げる必要がありました。その頃尿素は東洋高圧彦島工場で日産1トン,大牟田工場で3トン生産していましたが,コストは大牟田の方が割安でした。それでどの程度量産すれば硫安に近い価格になるかを推算したところ,日産50トンならば硫安価格の1.5倍程度になることが分かりました。
そこで尿素の量産化にとりかかりましたが,その過程で技術上の問題がいくつか発生しました。一つは尿素合成管の腐食が激しいことでしたが,これは合成管に混入する酸素が原因であることが分かり,完全に酸素が入らない装置にすることによって解決されました。また尿素を精製,造粒する際にビウレットが生成し*3,作物に被害をもたらす場合がありましたが,これは温度の過度の上昇を防ぐことによって解決されました。
肥料としての尿素の普及の問題もありました。尿素は潮解性があって吸湿性が強いので,湿気の多い日本では水気を吸ってべとべとになり,水分が蒸発すると固化します。そのため農家は保存や使用に不便する欠点がありましたが,これは包装の改善と尿素の粒状化によって解決されました。
わが国で尿素が肥料として始めて生産されたのは終戦後3年目の昭和23年8月,北海道の東洋高圧砂川工場においてでした。最初は年産460トンに過ぎませんでしたが,尿素生産に参入する企業も増加して生産量は急速に伸び,17年後の昭和40年(1965年)には当初の2600倍の年産120万トン,硫安換算262万トンに達し,それまで窒素肥料の首位を占めていた硫安(昭和40年の年産249万トン)をしのぐに至りました(表3)。欧米においても図1にみられるように,1970年前後に尿素の生産は硫安を凌駕しています。


尿素が化学肥料として登場し,急速に伸びていったのは第二次大戦後のことですが,それ以前の化学肥料の主力は硫安と過リン酸石灰でした。これらの製造には多量の硫酸を必要とするので,肥料工業は硫酸工業を土台にしていましたが,先に述べたように尿素を肥料にしようとしたきっかけは,敗戦によって日本がこの土台を奪われたためでした。そして尿素をはじめとして,塩安,熔リン(共に昭和25年から生産)など硫酸を使わない化学肥料(無硫酸根肥料)が日本に登場し,硫酸工業への依存を大幅に軽減しました。またこれらの無硫酸根肥料は,酸性土壌や老朽化水田土壌の多い日本には特別の意義がありました。
戦前,わが国の化学肥料(硫安や過リン酸石灰)の形姿は粉状で,かます入りでした。しかし尿素は硫安や過リン酸石灰にくらべて著しく吸湿性で湿度の高い日本では取り扱い難いため,防湿性の袋とともに造粒技術が開発されました。粒状化は比表面積を小さくすることによって吸湿性を改善できるだけでなく,粒径を変えることによって溶解度の調節も可能になります。その後化学肥料の粒状化が進みますが,尿素はその先鞭をつける役割を果たしました。
ところで陸上植物は一般に,炭素以外の養分を根から吸収しています。したがって肥料は土壌に施されるのが普通です。しかし土壌環境のために根が障害を受けたときなど,地上部の葉から養分を吸収させること,すなわち葉面施肥ができれば有効な応急処置になります。これは消化器官の障害のときの処置として,経口にかわって中心静脈栄養(輸液療法)がとられるのに似ています。しかし尿素肥料が出現するまでは,葉に肥料をかけるということは葉焼けなどが生じるために考えられませんでした。ところが尿素の場合は,水に溶かして葉にかけてやっても葉焼けを起こさず,葉から窒素分をよく吸収することが分かりました(表4参照)。

そもそも尿素は哺乳動物の体内で代謝された窒素(アンモニア)の排池形態で*4,尿素そのものは不活性な物質です。葉面施肥された尿素は浸透圧によって植物体内に入って行くので,葉面散布液の尿素濃度はかなり高濃度(0.5~1パーセント)を要します。それでも害がでず植物に利用されるのは,つぎのような仕組みが植物にあるからです。
尿素を吸収した植物は,これが引き金になって新たに酵素タンパクのウレアーゼを生成し(ウレアーゼ活性の誘導),尿素をアンモニアに分解してタンパク合成に利用してゆきます。そしてアンモニアの供給が消費を上回り,体内のアンモニアレベルが上昇するとウレアーゼの活性は低下し,有害なアンモニアが過剰に蓄積しないように自己調節されます(図2参照)。

尿素は石油化学工業の副産物としてもたらされるアルデヒド類と反応する性質があり,これは尿素樹脂のほか緩効性窒素肥料の製造に利用されています(表5参照)。例えばウレアホルムは最も早く開発市販された緩効性窒素肥料(アメリカで1955年,日本では1963年)で,尿素とホルムアルデヒドの縮合反応によって生じるメチレン尿素を主成分とする混合物です。土壌中で主として微生物によって分解有効化します。CDUは尿素とクロトンアルデヒド(ドイツ1961年)あるいはアセトアルデヒド(日本1965年)を縮合させたもので,加水分解と微生物分解によって有効化します。IBDUは尿素とイソブチルアルデヒドの縮合によって製造され(日本1962年),土壌中では主として加水分解によって有効化します。IBDUは尿素の代わりに飼料としても利用されます。

化学肥料は水溶性(速効性)成分が主体でしたが,リン酸肥料では水溶性リン酸が土壌中で固定されて不可給態になりやすいこともあって,熔成リン肥などのように水に不溶でクエン酸可溶のものが戦後になって伸びてきました。さらに昭和30年代になると窒素についても土壌中で徐々に可溶化し,肥効に持続性のあるものが開発されるようになりました。それは当時の省力農業の波にのって,全量基肥で播種と同時に施肥するだけで事足りる肥料が望まれたことがきっかけでしたが,その後肥料の供給が潤沢になり,過剰施肥による濃度障害がでるようになったことや,溶脱した肥料成分が河川湖沼に流入して富栄養化を引き起こす危険性が増大したことによって,緩効性肥料の存在価値は定着するようになりました。
尿素(N46%)は窒素肥料中で最も高成分なので,輸送費,包装費などの経費削減のメリットが大きく,アンモニア合成の副産物の二酸化炭素が利用できるので生産コストの点でも有利なため,生産量は急速に伸びて行きました。また肥料としての尿素の出現は,無硫酸根肥料や肥料の粒状化,葉面施肥技術,速効性であった化学肥料の緩効化(溶解度調節)の技術開発のきっかけをつくりました。
19世紀に肥料鉱物資源の登場によって始まった肥料革命は,施肥農業の中に資源問題を引き起こすようになりました。それはまず窒素に現れ(チリ硝石の枯渇),その結果20世紀の初めには空中窒素の工業的固定技術が誕生しました。これによって一応アンモニアは潤沢に供給できるようになりましたが,これをどのようなかたちで肥料にするかという問題がありました。これにはアンモニアを硫酸と反応させて硫安として使用する方法と,アンモニアを酸化してつくった硝酸と反応させて硝安として使用する方法の二つがありましたが,第三の方法として現れたのが尿素でした。
尿素は哺乳動物の窒素の排油形態であるので,「尿」を「こやし」に使っていた有機農業の時代から「尿素」を施肥していたわけです。工業的に製造されていた尿素が肥料になった経緯はここで述べた通りですが,無機物ばかりであった化学肥料に有機物である尿素が加わり,従来の化学肥料に革新をもたらしたことは肥料の歴史の中で特筆に値すると思われます。
*1 飼料とともに反芻胃(第一胃)に入った尿素は,そこに生息している微生物(原生動物や細菌)によって利用されタンパク質になる。反芻胃内で増殖した微生物は,内容物とともに胃酸を分泌する第四胃ヘ流出し,そこで死滅して小腸でタンパク質として宿主のウシに利用される。ウシは巨大な反芻胃というバイオリアクターをもっているため,尿素が利用できるのである。
*2 当初尿素の主要な需要は,海軍の航空機製造の際に用いられる接着剤等の軍需用であったため,高価格が可能であった。
*3 尿素は融点の132℃以上に加熱されると先ずシアヌル酸になり,更に150-170℃で2分子の尿素から1分子のアンモニアがとれて重合しビウレットになる
2NH2CONH2→NH2CONHCONH2+NH3
*4 物は食べ物に含まれているタンパク質をいったんアミノ酸まで分解し,その中から必要なアミノ酸を選んで自分の体のタンパク質をつくる。使われなかったアミノ酸はアミノ基をはずし,炭素骨格部分はエネルギー源として消費するか,脂肪に変えて貯蔵する。一方アミノ基から生じるアンモニアは植物のように有機化できない動物には有害である。脊椎動物の中,水棲の魚類はアンモニアをまわりの水中ヘ拡散希釈することで始末することができる。しかし陸上に進出した動物は,まわりに水は無いし,体を乾燥から防がねばならないので,魚類のように体の表面から随時アンモニアを捨てる体制をとることはできない。そこで哺乳類はアンモニアを毒性の低い尿素にかえ,少量の水に溶かして一時的に体の中にたくわえ,一定の出口から捨てるというシステムをとるようになった。つまり排尿である。
これに対して爬虫類と鳥類では尿酸の形で排池している。それはこれらの動物では受精卵の発育が,硬い殻で囲まれた閉鎖卵の中で行われるからである(これは乾燥した環境から発育中の胚を守るためである)。尿素はよく水に溶けるので濃度が高くなり,高浸透圧になる危険性が水分の限られた閉鎖卵の中ではある。それで尿素を溶解度の極めて低い尿酸に変えて胚を脱水から守っている。鳥類や爬虫類が尿酸のかたちで排池するようになったのは,なによりも卵殻の中での発育期に必要なためであった。受精卵の発育を母体内で行うようになった胎生の哺乳類の排泄形態が尿素のままであるのは,その必要がないからである。そしてこの場合,胎児の体の中に生じた尿素は胎盤を通して速やかに拡散し,母親の尿の中に移されて排泄される。
●Encyclopaedia Britanica vol.22 p895 ’Urea’(1960)
●産業フロンテイア物語 化学肥料<東洋高圧> ダイヤモンド社(1966)
●黒川計著 日本における明治以降の土壌肥料考(中巻)726頁 全国農業組合連合会昭和53年刊
全農栃木県本部 生産資材部
技術参与 小川 昭夫
栃木県では売れる米づくりの観点から,米の主産県として,おいしくて安全・安心な米の生産はもちろん,生活者・実需者の多様なニーズを起点として,品質別,用途別に対応する「多様な米づくり推進運動」を展開しています。
その中で,おいしさを追求する生産,ニーズへの的確な対応,魅力あふれる多様な米の販売を基本的な方向として取組みを進めています。
おいしさ重視の米づくりでは,種子更新率100%,玄米水分15%,粒張りを良くするために整粒歩合80%以上,玄米千粒重0.5gアップ,食味を良くするために玄米たんぱく質含有率6.5%以下(コシヒカリ)を目標としています。
米の品質としては,安全性,栄養性,経済性,し好性などが重要ですが,最近は特に食味が重要性を増しています。ご飯を食べて食味を評価するときは,色が白くて光沢があり,「粘り」のある米が評価が高くなります。
品質評価の方法としては,
①玄米の健全性及び歩留りに重点を置いた農産物検査規格,
②外観,味,香り,硬さ,粘りなどを人間が食べて判断をする官能検査(食味試験),
③育種用の検定に使われている炊飯米の光沢検定,
④水分,たんぱく質,アミロース,脂肪酸,無機成分など食味関連の成分の測定
などがあります。
生産現場では,各種成分分析器を用いて食味関連成分の測定が実施されており,全農栃木でも表1のような基準を設けて実施しています。

米の食味を評価する要因も品種から炊き方までいろいろなことが関係しますが,生産と関係が深く荷重が大きいのは,次の要因といわれています。
品種:食味の良い品種と食味の不良品種銘柄があり,品種が最大の要因です。
産地:気候や土壌条件が関係します。
気候:登熟温度など,その年の気候(日照時間,気温)は食味を左右します。
栽培方法:作型や肥培管理(施肥技術)は,収量のみならず食味を左右します。
乾燥調製:多水分籾の急激な乾燥は食味に関係し,また,過乾燥は精米時にひび割れ
が生じ,炊飯中に飯粒が崩れて食味が低下します。
また,肥料成分と米の品質,食味については,次のような関係があるといわれています。
窒素:多すぎると米のたんぱく質含有率が高まり,食味が低下します。
りん酸:米の光沢を良くし,アミロペクチンが多くなり粘りがでます。また,糖層が薄くなり,精白度が高まります。
加里:炭水化物の合成に役立ち,不足すると粘りが小さくなります。
石灰,苦土:米のpHが高まり,うまみが増します。また,脂肪の酸化を軽減し,貯蔵性を高めます。
けい酸:登熟を良くし,品質・食味が向上します。
鉄:根を保護して根ぐされを軽減し,稔りを良くします。
土づくりの基本は,
①良質な有機物の施用(腐植の蓄積と地力窒素の安定的な供給),
②耕深15cm以上の確保と排水改良(活力ある根の発育促進と地力の有効化),
③土づくり肥料の施用(りん酸,けい酸,鉄資材などの補給)
です。
昔から,麦は「肥料」で,稲は「地力」で作るといわれているように, 稲作にとって土づくりは非常に重要であり,土づくりのねらいは,一口でいうと「地力をつくるため」といえます。元来,土づくりは地道な努力の積み重ねが必要で,特に,気象条件が悪いときに底力を発揮します。
土づくりという概念は日本独自のものといわれており,少ない耕地と悪い土という二つのハンデを乗り越えるために,肥沃な土を自分でつくりながら増産を図ってきたという経緯があります。
しかしながら,近年の米をめぐる情勢の変化や農業者の高齢化の進展などで土づくりに対する意欲が低下し,水田の代表的な土づくり肥料である「ようりん」や「ケイカル」の施用量も年々減少の一途をたどっています。
農耕地土壌の生産力を解明するために実施された地力保全基本調査及びその後,継続して地力の変遷を調査した土壌環境基礎調査,また,全農栃木土壌診断センターで分析した最近のデータから,水田土壌中の可給態りん酸とけい酸含量の推移を示したのが表2,表3です。


栃木県の水田は火山灰を母材とする面積が日本一で,水田面積に占めるその割合も50%強で最も高く,りん酸の施肥効率が低くて生産力も劣っていました。そのため,生産力の向上を図るべく昭和40年代にはかなりの「ようりん」が施用され,年間50,000t近く使われた年もありました。その後も平成年代始めごろまでは,年間20,000~30,000t程度施用されていましたが,近年は7,000tを切ってしまいました。
しかし,りん酸は水稲の吸収量が非常に少ないことと土壌に強く吸着保持されるので流亡がほとんどないため,貯金があります。平成14~15年に全農栃木土壌診断センターで分析した最近の土壌診断結果でも,黒ボク水田の平均値が土100g当たり23.7mg,沖積水田では28.2mgあり,県の土壌診断基準の下限値である10mgに満たない水田の割合は,黒ボク水田で15%,沖積水田では2%と非常に少なくなっています。(図1)

昭和40年代には土づくり肥料として「ようりん」や「ケイカル」がかなり施用されたこともあり,土壌環境基礎調査の一巡回(昭和54~57年)では,平均値が県の土壌診断基準値(土100g当たり黒ボク水田50mg,沖積水田30mg)に達しました。しかし,その後減少経過をたどり,平成14~15年に全農栃木土壌診断センターで分析した最近の土壌診断結果ではかなり低下しており,基準値以下の割合が黒ボク水田で86%,沖積水田では89%でした。特に,沖積水田では20mg未満の非常に少ない割合が70%,黒ボク水田でも30mg未満の割合が55%もありました(図2)。

このことは,土づくり肥料である「ようりん」や「ケイカル」の施用量が急激に減少しているので,全く施用していない水田も非常に多いことを示しているように思われます。
水稲は,ほかの作物とは異なりけい酸の吸収量が非常に多く,「けい酸植物」ともいわれています。10a当たり500kgの収量を得るのに約100kgのけい酸を吸収し,この量は,窒素の10倍,りん酸の20倍,加里の6倍ぐらいに相当します。
けい酸の働きとしては,
①受光態勢・光合成能の向上に伴い,窒素の利用効率が高まるため,登熟歩合が向上します,
②発根力の向上と根の活性(酸化力)が高まるので,根を健全にします,
③桿が強くなり,耐倒伏性が高まるので,倒伏しにくくなります,
④葉身が硬くなるので,病気や虫害に強くなります,
⑤表皮のシリカ層が強化されるので,水分の蒸散を防ぎます,
などがあげられています。
登熟とけい酸の関係についても,
①茎葉中のけい酸含有率と籾殻中のけい酸含有量,籾殻中のけい酸含有量,籾殻重と玄米千粒重とは,それぞれ極めて高い相関関係にあります,
②登熟良好な籾は,籾殻中のけい酸含有量が多く,食味も向上します,
③乳白粒の発生率は籾殻中のけい酸含有量と負の相関関係にあり,けい酸含有率の低い水稲で発生率が高くなる傾向がある
などがいわれています。
水稲が吸収するけい酸は,土壌,肥料,稲わらなどの有機物とかんがい水から供給されます。このうち,かんがい水から供給されるけい酸は25%程度といわれていますが,最近,農業用水中のけい酸濃度が低下しているといわれています。
栃木県でも,施肥改善調査事業(昭和30年代)で調査した県内の主要な15河川(22か所)のけい酸濃度の平均値が22.2ppmでしたが,平成6~9年にかけて栃木農試で調査した県内主要農業用水の水質調査104地点のけい酸濃度の平均値が10.8ppmと約半分の濃度でした。この結果は,調査地点が異なっていますので単純には比較できませんが,かんがい水から供給されるけい酸量が減少していることは否めない事実のようです。したがって,土壌や肥料などかんがい水以外のけい酸供給源の役割がより重要となります。
けい酸質肥料の施用量の減少,水田土壌中の可給態けい酸含量やかんがい水中のけい酸濃度の低下などを踏まえて,良食味米生産のためには,原点に返って水稲のけい酸問題を考えるときだと思います。
そこで,手間をかけずに少しでもけい酸を継続して施用していただくため,基肥一発肥料でおなじみの「ひとふりくん」と土づくり肥料で効果の高い「地力アップPSK」(けい酸加里と苦土重焼燐をブレンド)を合体した超一発肥料・プレミアシリーズを開発しました。
最初に本県の主要品種であるコシヒカリ栽培用として,全層施肥用のSタイプ,1号,2号の3銘柄を開発し,現地実証展示圃を設けて普及推進を図りました(表4)。その後,水稲の採種圃や品質・食味によりウエイトを置いた米づくり,また,堆肥類の施用量が多い水田に適したプレミアライト,更に,あさひの夢栽培に適した4号を開発しました(表5)。


普及拡大のために実証展示圃の現地検討会を実施しているなかで,側条施肥用のプレミアの要望がありました。全層施肥用のプレミアは基準施用量が10a当たり80kgとかなり量が多いので,田植機の機種によっては使えないことがあります。
側条施肥専用のプレミアを開発するにあたっては,肥料の現物基準施用量が10a当たり45kg(側条施肥専用肥料は1袋15kg包装)とし,その中で,土づくり肥料である「地力アップPSK」60kg(3袋)分のけい酸量を確保するのに腐心しました。
従来のけい酸質肥料はけい酸成分が低いので困難でしたが,幸いシリカゲル肥料(けい酸保証成分90%)が使えることになり,開発に踏み切りました。試作品をつくり,現地実証展示圃を設けて検討した結果,収量,品質共に良好な結果が得られたので(表6),プレミア側条レッド及びブルーの2銘柄を開発しました(表5)。

県内における側条施肥田植機の普及率は10%程度(うち,粒状タイプは6~7%程度か)ですが,作付面積の多い生産者ほど使用している割合が高いので,普及拡大が期待できると思われます。
水稲基肥一発肥料・ひとふりくんシリーズ9銘柄,水稲の超一発肥料・プレミアシリーズ(全層施肥用)5銘柄を合わせた平成17年産水稲に対する推定普及率は,約35%に達しています。平成16年産水稲(作付全面積68,600ha)に対する普及率が30.4%なので4.6%増,県内10JA総てで伸びています(図3)。JAによって普及率にバラツキがありますので,今年は次年度に向けて普及率の低いJAを重点に推進をしています。

普及推進の方法は,実際にプレミアを使用していただく生産者の方々に肥料の特長を理解していただくとともに,現場で水稲の生育状況や根張りの状況(写真1)を実際に見てもらうことが重要です。JAの支所単位ごとに現地実証展示圃を設け,その地域の生産者に集まっていただき,JAの指導経済担当職員,県の普及関係担当職員の指導をいただきながら検討会を開催し,次年度に向けて推進を図っています。

プレミアを含めたひとふりくんシリーズのキャッチフレーズは,「省力低コスト・良食味米生産・環境にやさしい」です。このプレミアシリーズが,栃木米の評価を高めるために貢献できることを期待しています。
静岡県農業試験場 土壌肥料部
主任研究員 小杉 徹
肥効調節型肥料の発達により,栽培初期の育苗時に栽培に必要な肥料をすべて与えても,肥料溶出による濃度障害などが起こらず,作物が育てられることができるようになってきた。この施肥技術は,鉢内施肥や鉢上げ時施肥と呼ばれており,省力化,施肥削減に有効な施肥法である。静岡県では,過去にセルリーなどでこの施肥法を実現した。
今回,肥効調節型肥料として,スーパーロング424-140を用いて,トマトの栽培時に必要な肥料をすべて育苗鉢にあらかじめ施用して栽培を行う,トマト育苗鉢内全量施肥法を検討したので報告する。
図1のように,上記の肥効調節型肥料を用いて,本ぽ栽培に必要な肥料の全量を育苗期の鉢内(直径12cm,容量600cc)に施用し,以後は肥料を施肥しなかった。具体的な施肥量は表1に示した。育苗鉢内全量施肥区は,鉢上げ時にスーパーロング424-140を,窒素16kg/10a相当施用した。慣行区は,基肥を窒素8kg/10a相当,1回目から4回目の追肥を窒素3kg/10a相当,合計20kg/10a相当,それぞれ配合肥料で施肥した。基肥施肥時に各区ヘ炭酸苦土石灰100kg/10aを施肥した。


育苗は静岡県農業試験場内網室で行った。定植後の栽培は,静岡県農業試験場内ガラス温室で行った。供試土壌は洪積土(造成台地土細粒赤色土木目)及び沖積土(同細粒灰色低地土相)である。供試品種は,トマト”ハウス桃太郎”(台木”がんばる根”)である。平成15年7月17日は種,8月5日トマト斜め合わせ接ぎ,8月12日鉢上げ及び施肥,9月1日畝立て施肥,9月3日苗質調査及び定植,追肥4回(9月24日,10月3日,10月31日,11月11日),6段目で摘心,平成16年1月27日栽培終了。本ぽにおける栽培は1区5.4㎡,2反復で行った。また,畝は白黒マルチフィルムで被覆して,畝間120cm,畝幅80cm,株間40cmの1条植えとし,灌水は灌水チューブで株元を中心に行った。なお,6月下旬からトマト定植までギニアグラス(ソイルクリーン)を均一栽培した。
作物体は,葉,茎,実を随時それぞれ乾燥して集めたものを分析し,窒素の吸収量および利用率を求めた。1区2株で行った。跡地土壌は栽培終了時に各区3ヶ所の株間から採取し,混和したものを分析に供した。
また,供試肥料のスーパーロング424-140を本圃に埋め込み,それを定期的に取り出し,窒素溶出率の算出を行うとともに,栽培期間中の地温及び気温も測定した。
図2に栽培期間中の地温を示した。鉢内施肥から定植までの間では,地温が25℃を下回ったのは5日間で,残りは25℃以上であった。育苗期間中の鉢内の平均地温は26.2℃,最高地温は34.2℃,最低地温は20℃であった。また,定植後20日間は地温が25℃以上とかなり高めだったが,その後25℃以下となり,後半の約3ヶ月間は15℃~20℃で推移した。

図3にスーパーロング424-140における窒素溶出の地温からの推測値と実測値を示した。地温から推測すると,定植時に約5%の窒素が溶出し,栽培終了時に70%の窒素が溶出すると推定された。実際には,定植時に約7%の窒素が溶出し,栽培終了時に約80%の窒素が溶出していた。推定値と実測値がほぼ一致したことから,今回用いたスーパーロング424-140日夕イプは,育苗期間には肥料の溶出が抑制され,定植終了時まで肥料の溶出が持続するため,トマト抑制栽培6段取り(9月定植)の栽培に適していると考えられた。

表2にトマト育苗終了時の生育を示した。育苗終了時(育苗鉢内全量施肥後22日)での苗質は慣行と比較して,地上部重,草丈が伸び,葉色が濃くなるが,根重,花芽位置は同等であった。

写真1に栽培中の育苗鉢内全量施肥区を示した。慣行と差は認められなかった。表3に育苗終了時の作物体窒素含有率及び培土の電気伝導率を示した。作物体窒素含有率と培土の電気伝導率は鉢内全量施肥区で高く,肥料がすでに溶出していると推定されたが,培土の電気伝導率が1.4mS/cm程度であり濃度障害は発生しなかった。前年度は育苗期間が約4週間であったが,育苗終了時の育苗鉢中の電気伝導率は3.6mS/cmとなり,ポット中での肥料成分の多量溶出が推測された。今回の育苗期間ならば肥料の溶出も少なく,苗の出来も慣行区とあまり変わらないので問題ないと判断した。


表4に本ぽにおける収量調査結果を示した。本ぽにおける収量は,洪積土の11 月の収量と総収量を除き,育苗鉢内全量施肥区と慣行区の間に大きな差は認められなかった。

表5に試験終了後ほ場の跡地土壌の理化学性を示した。育苗鉢内全量施肥区と慣行区の間に大きな差はなかった。

表6と表7に窒素利用率を示した。洪積土では慣行区に比べ鉢内全量施肥区の窒素利用率が高く,施肥窒素量をまだ削減できる可能性が示唆された。


表8に肥料経費の試算結果を示した。本試験で用いたスーパーロング424-140 は,窒素全量が14%あるため,投入肥料が少なくて済む。そのため,育苗鉢内全量施肥の方が3割ほど肥料経費を削減できた。育苗鉢内全量施肥の場合,鉢上げ時に肥効調節型肥料を混合する時間が慣行区より余分にかかるが,その後は本ぽで基肥のみならず追肥を含めた施肥に関わる作業を一切行わなくてもよくなる。表9に労働時間の試算結果を示した。育苗鉢内全量施肥によって施肥にかかる労働時間が約2/3程度となった。


以上の結果より,育苗鉢内全量施肥を行うことにより,慣行と同等の収量があげられ,さらに20%の施肥窒素の削減が可能となった。
鉢内全量施肥法は,施肥作業から解放されるため,施肥以外の収穫や摘心等,他の作業に専念でき,規模拡大も可能となる。本ぽで施肥が不要のため,定植よりかなり前に,畝立てをしても問題ない。週末だけ農業を行う兼業農家,家庭菜園愛好家にも普及が期待される方法といえる。